要約 社会的移行
12.31 この分野の研究の弱さを考えると、社会的移行の影響については未知の部分が多いです。特に、社会移行がジェンダーの発育の軌跡を変えるのかどうか、またこのことが精神的健康にどのような短期的・長期的影響を与えるのかは不明です。
12.32 第2章で引用した初期の研究では、児童期のジェンダー不合(性別不合:gender incongruence)が成人期まで持続する割合は低く、15%程度でした(例、Zucker, 1985)。この時期の論文は、子どもたちがICDやDSMを用いて正式に診断されていないため、批判されました。 当時は、診療を受ける前に社会的に移行している児童は稀でした。
12.33 後に行われた研究では、正式な診断基準が用いられており、37% (例、Steensmaら、2013年) という高い継続率を示していますが、その時点では、受診前に社会的に移行していた紹介患者の割合が大きかったです。
12.34 これらの研究結果から、どちらの方向にも因果関係を帰属させることはできません。 つまり、ジェンダー不合を持続した児童たちが最も強い不一致を持つ児童たちであり、それゆえ社会的に移行する可能性が高いのか、あるいは社会移行によってジェンダー不合が強固になったのかは不明です。
12.35 本報告書の冒頭で、性分化疾患(DSD)として知られる健康状態を持つ個人に対する追跡調査から、ジェンダーアイデンティティの発達に及ぼす養育環境における性別役割(the role of sex)について多くのことが分かってきたと説明しました。 社会的移行の役割を考える際に、この学習のいくつかを振り返ることは有益です。 以下、要約します。
- 遺伝的に女性(XX)であるがアンドロゲン濃度が高い個人(すなわち、先天性副腎過形成の個人)は、通常女性として養育されます;彼女らは、何らかの男性役割行動をとる傾向がありますが、ほとんどの場合異性愛者であり、通常、女性のジェンダーアイデンティティを持っています。
- ジェンダーアイデンティティのアウトカム(outcome:転帰)があまり確立していないDSD患者では、出生前のアンドロゲン暴露よりも、養育時の性別(the sex of rearing:男女どちらの性別で育てられたか)がジェンダーアイデンティティのアウトカムのより良い予測因子です。
- 結論としては、出生前のアンドロゲンのレベル、外性器、養育時の性別、社会文化的環境の間の複雑な相互作用が、最終的なジェンダーアイデンティティに関与しており、これらの様々な要素の相対的な影響については、まだ解明されていません。
12.36 上記の情報は、小児期の社会的移行が精神衛生にプラスまたはマイナスの結果をもたらすという明確な証拠はないことを示しています。思春期における影響については、比較的弱いエビデンスしかありません。しかし、養育時の性別は最終的なジェンダーの結果に何らかの影響を及ぼすようであり、小児期における社会的移行が、早期のジェンダー不合を持つ児童のジェンダーアイデンティティ発達の軌跡を変える可能性はあります。このため、児童に対しては青年期よりも慎重なアプローチが必要です。:
児童
- 両親は、ジェンダー不合の児童をどのように支援するかを決定する際に、臨床的な支援と助言を求めるよう奨励されるべきであり、この問題に関する早期の相談待ちリストの中で優先されるべきです。
- 意思決定プロセスへの臨床的関与には、利用可能な最善のエビデンスを参照しながら、 計画的介入としての社会移行の危険性と利益についての助言が含まれるべきです。これは、適切な臨床研修を受けていないスタッフが担える役割ではありません。
- どのような意思決定においても、児童の声を聞き、親が無意識のうちに児童のジェンダー表現に影響を与えないようにすることが重要です。社会移行の道を歩む児童にとっては、柔軟性を維持し自分の身体や感情を理解できるように手助けすることで、選択肢を広げておくことが有利に働く可能性が高いです。
- 完全移行ではなく部分移行は、柔軟性を確保する方法かもしれません。特に、MPRGの報告書では、幼少期から隠していることが、思春期が間近に迫り、医学的な経路に進まなければならないという切迫感のストレスに拍車をかけている可能性があると強調されています。
思春期
- 青少年にとって、探求は正常な過程であり、硬直した二元的なジェンダー固定観念は役に立ちません。 多くの青少年は、髪型、化粧、服装、行動などにおいてジェンダーに適合しない時期を経験します。彼らはまた、自分の見せ方や意思決定において、より大きな主体性を持っています。
- 完全な社会的移行を考えている人々にとって、現在の長い待機リストでは、正式な臨床評価がタイムリーに受けられる可能性は低いです。 しかし、青少年がいじめから保護され、信頼できる支援源を確保するために、すでに青少年の福祉に積極的に関わっている人々(両親/保護者、かかりつけ医などの臨床スタッフ、学校スタッフ、カウンセラーなど)が、意思決定や計画のサポートを提供するように努めることが重要です。
児童にも青年にも
- 児童や青少年が家族と協力的な関係にあることが、児童や青少年にとっての最善のアウトカムです。そのため、児童や青少年を危険に晒すと考えるに足る強い根拠がない限り、親は意思決定に積極的に関わるべきである。
- 児童や若者が移行の決定を覆したいと望む場合、支援が必要になることがありますが、これは難しいステップとなる可能性があります。
12.37 臨床医は、家族がジェンダー役割行動と表現(gender role behaviour and expression)における正常な発達上の差異を認識できるように援助すべきです。早まった決定を避け、完全な移行ではなく部分的な移行を検討することは、発達の軌跡が明確になるまで柔軟性を確保し、選択肢を広げておく方法となりえます。
推奨4:
家族や養育者が思春期前の児童の社会的移行について決定する場合、医療サービスは、関連ある経験を持つ臨床専門家ができるだけ早期に診察できるようにすべきです。
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Cass Review
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