ジェンダー医療研究会:JEGMA

ジェンダー医療研究会は、 ジェンダー肯定医療に関して、エビデンスに基づいた情報を発信します。

キャス博士の報告書:議長による序文 - p.12~15

議長による序文
 このレビューは、トランスジェンダーであることの意味を定義するものではなく、トランスジェンダーのアイデンティティの正当性を損なうものでも、人々が自分自身を表現する権利に挑戦し、医療を受ける権利を後退させるものでもありません。このレビューの目的は、医療のアプローチがどうあるべきか、そしてジェンダーアイデンティティ(性自認)に関してNHS(イギリス国民保険サービス)からの支援を求めている増え続ける子どもや若者をどのように支援するのが最善かについてです。

 このレビューは孤立した状態で実施されたものではありません。定まっていない部分は多くあり、意味のある、しかし挑戦的でもある公開討論が重ねられてきました。私はその過程で様々なことを取り入れましたが、自分の検討事項に集中しようとも努めてきました。

 このレビュー作成にあたって、非常に多くの興味深い人々と出会い、話すことができたのは大きな喜びでした。時間を割いて、自分のストーリー、経験、視点を共有してくださったすべての方々に感謝します。私は、前向きで成功した人生を送っている成人のトランスジェンダーの人々と話をしてきました。彼らはトランスを決断したことにより、勇気づけられたと感じていました。 脱トランスした人々とも話をしてきましたが、そのなかには、以前の決断を深く後悔している人もいます。 私はこれまで、さまざまな視点を持つ多くの親御さんと話をしてきました。子どもを医療プロセスに進ませるために闘い、支援を受けるために戦わなければならないことにどれほどの不満を感じたかを語っている人もいます。また、医療プロセスを選んだことが、自分の子供にとって完全に間違った決断だったと感じている人もいます。そして、彼らの同意なしに取られた行動についての失望を述べていました。またその決断は、親の喪失、トラウマ性疾患、神経多様性(neurodiversity)の診断、学校での孤立やいじめなど、子供が経験した可能性のある他のさまざまな困難を把握されぬままに下されたと感じています。 

 実体験をした人々から話を聞くだけでなく、非常に幅広い臨床医や学者と話をしてきました。 ジェンダークリニックで長年働いてきた臨床医が、ジェンダー関連の苦痛を抱える若者を支援する最善の方法について、彼らの臨床経験から導き出した結論はそれぞれ大きく異なっています。 ジェンダー医療に紹介される患者の大多数は、長期的にトランスジェンダーのアイデンティティを持ち続けるので、早い段階で医療経路にアクセスできるように支援されるべきだと強く感じる医師もいます。一方で、他の複数の問題がジェンダーの混乱やジェンダーの苦痛として顕在化しているだけの子どもや若者を、医療化していると感じている医師もいます。

 しかし、共通することは一つです。彼らはみな自分の信念を持ち、親としての責任感であれ、医療者としての責任感であれ、子供や若者をサポートするために最善を尽くそうとしています。

 この複雑な問題に関わるすべての人が善意を抱いているにもかかわらず、議論は恐ろしく紛糾します。 私は、社会正義のアプローチからジェンダー肯定を提唱するグループや個人と関わったことで、非難を浴びました。また、より慎重な行動を促すグループや個人と関わったことでも非難されています。治療の最善のアプローチについて異なる結論に達した経験豊富な臨床医の知識と専門性は、時に却下され、無視されます。

 専門家が自分の意見を率直に表明して議論することをこれほど恐れている医療分野は他にほとんどありません。ソーシャルメディアで中傷されたり、いじめにもつながりかねない罵詈雑言が横行する世界。これは止めなければなりません。

 二極化と議論の抑圧は、激しい社会的議論の渦中に巻き込まれた当事者の若者たちの助けにはならず、長期的には、彼らが成長するための最良の方法を見つけるために不可欠な研究を妨げることにもなります。

 この分野のエビデンスはただでさえ少ないのに、研究結果は、議論のあらゆる立場の人々によって、それぞれの見解を支持するために、誇張されたり、歪められたりします。現実には、ジェンダー違和(性別違和)治療の長期的アウトカム(成果)について、良いエビデンスはないのです。  

 また医療分野では、肯定的な研究成果が実践に移されるまでには、何年もかかることも少なくありません。これには多くの理由があります。第一に、医師が新しい発見を実践する際に慎重になりがちだということです。特に、彼ら自身の臨床経験から、長年行われていた既存のアプローチが患者にとって正しいとわかっている場合はなおさらです。小児ジェンダー医療の分野では、まったく逆のことが起こりました。 二次性徴抑制剤(思春期ブロッカー)が、ジェンダー不合(性別不合:gender incongruence)を伴う限られた範囲の子ども達の心理的幸福感を改善する可能性があることを示唆した、たった1件のオランダの研究に基づいて、この療法は他の国にも急速に広まりました。これに続いて10代半ばの子ども達に対して男性化/女性化ホルモン開始が適用拡大され、さらに、元のオランダの研究の対象基準を満たさない思春期の若者にまで拡大されました。一部の臨床医は、臨床診断においてホリスティック評価(患者の全体的な状態を見て判断する)に対する通常の臨床的アプローチを放棄しました。つまり、このグループの若者たちは、同じくらいに複雑な症状を示す他の若者たちに対するものとは異なる、例外的な扱いを受けていたということです。彼らはもっと良い扱いをされるべきなのに。

 個人的な話になりますが、この序文を通して、このレビューの中心にいる子どもたちや若者たちに語りかけたいと思っています。個別に手紙を書かないことにしたのは、皆さんが同じメッセージを受け取ることが大切だからです。あなた方の何人かは、自分が利用できる選択肢と、そのリスクと利益について、もっと良いアドバイスが欲しいと明言しました。だから、このレポートの内容にもきっと満足するでしょう。また別の人は、二次性徴抑制剤と異性化ホルモン治療に、できるだけ早くアクセスしたいと言いました。だからきっと、私がそれを勧めないことに腹を立てるでしょう。そんなあなたがこのレポートにがっかりするだろうことを、私はしっかり心に刻んできました。しかし、私が確実にしたいのは、あなたが最良の組み合わせの治療を得られることです。そのために、これから研究プログラムを実施して、考えられるすべての選択肢を検討し、どれがあなたに最良の結果をもたらすかを判断します。この決定を下したのは、いくつかの重要な理由があります。

 第一に、ジェンダー医療はNHSの他のすべての分野と同じ水準の医療が必要です。そして、それは良いエビデンスに基づいて治療を行うことを意味します。幼い頃からホルモンを摂取することの長期的な影響に関するエビデンスの無いことに、私はずっと心を痛めてきました。どの研究も私たち全員、特にあなたたち当事者を、失望させました。しかし、現在および長期的なリスクとメリットを比較検討することなく、何の根拠もないままに人生を変えるような決定を下すことを、あなたたちに求めることはできません。そして、今後は優れた研究でエビデンスの基盤を構築していかなければなりません。だからこそ、私はあなたたちに、これらの治療の長期的な結果を測る調査研究に参加して、あなたの後に続くすべての人々を助けてほしいとお願いしているのです。私たちは、治療が安全で、あなたたちが望む肯定的な結果を生むことを証明しなくてはいけません。調査研究に参加している人は、新しいアプローチを試す機会を得ることができ、より緊密なフォローアップとサポートが得られるため、通常の治療を受けている人よりもうまくいくことがよくあります。

 第二に、薬物治療はバイナリー(男女二元的)ですが、現在急速に増えているトランスアンブレラ下の自認を持つ人は、ノンバイナリーです。このグループに関するアウトカムは更に分かっていません。あなたたちの中には、大人になるともっとジェンダーがフルイド(流動的)になる人もいるでしょう。あなたたちの自己認識がもっともしっくりくるような「スウィートスポット(最高の結果をもたらす領域)」が何なのかわからないし、どのような人々が医療的医療から最も恩恵を受ける可能性が高いのかもわかりません。人生を変える決断をするとき、大人になるまでの間は選択肢をできるだけ柔軟かつオープンに保つことと、今の自分の気持ちに応えることの間の正しいバランスとはどのようなものでしょうか?

 最後に、私はあなたたちが医学的介入以上のものを必要としていることを知っていますが、医療サービスは本当に限界に達しており、メンタルヘルスの問題の管理、生殖能力温存の手配、神経多様性に関連する課題の解決、さらには疑問や問題を解決するためのカウンセリングを受けるなど、必要な幅広いサポートが得られていません。私たちは、あなたたちが成長し、より広い人生の目標を達成するのに役立つ包括的ケアに必要なすべての要素を検討する必要があります。

 NHSの最初のステップは、キャパシティを拡大し、より幅広い医療サービスを提供し、より広範なサービス従事者のスキルアップを行い、その人に合った個人的な医療アプローチをとり、品質改善や研究に必要なデータを収集する仕組みを導入することです。

 システムのすべてのレベルでキャパシティを拡大することで、よりタイムリーなケアと問題解決の余裕ができるだけでなく、専門家サービスを最も必要とする人々のために解放します。すでにサービスをずっと待ち続けて待ちくたびれた人や、これからも待ち続ける人がたくさんいます。しかし、私と同じようにNHSの同僚たちもこのことを深く憂慮していることを私は知っています。一朝一夕にすべてを解決することはできませんが、スタートを切らなければなりません。

 

 また、私の臨床関係の同僚の皆さんと、いくつかの考えを共有したいと思います。私たちは、この子どもや若者のグループをあるがままに理解することから始めなければなりません。何よりもまず、子どもや若者は、ジェンダー不合やジェンダー関連違和によってのみ定義される人たちではありません。私たちはノイズや二極化と縁を切り、他の子どもや若者と同じ水準の質の高い医療で、彼らのニーズに応える必要があると認識しなくてはなりません。これらの若者とその親/介護者と話すと、彼らが他の誰もが望むことを求めているのがわかります。話を聞いてほしい、大切にされたい、信じてほしい、自分の疑問の答えが欲しい。そして助けやアドバイスを受けられる機会を求めています。彼らは非常に長い待機リストに載っていて、地元のサービスで通常のケアから外されているからこそ、彼らは自分で調べることを余儀なくされ、彼らの問題に対する単一の医学的答えにたどり着いたのかもしれません。

 あなたが経験豊富な臨床医なら、複雑な症状に対処することに精通しているかもしれませんが、この若年者グループに関する専門知識は少数の人々に集中しており、知識の門番として機能しています。多くの臨床スタッフが自分の能力や可能性に疑問を抱いており、この集団の中で働くことに不安を感じているのを私たちは耳にしました。あなたに必要なのは、適切な訓練と支援です。そして最も重要なものは、あなたの専門教育を使って、この集団を他の苦悩している若者と同じように扱い助ける、そのための自信です。

 このレビューを実施するにあたり、私は現在入手可能な情報に基づいて推奨事項を作成する必要がありました。 私は、現在が暫定的な時点であり、新しい証拠が集まるにつれて、異なる洞察が浮かび上がる可能性があることを十分に認識しています。私が推奨した医療サービスモデルは、個々のNHS組織や国レベルで適切に監督された将来の新たな研究結果に合わせ、進化し適応できるメカニズムが組み込まれています。 

 感情的・社会的課題に直面しているのは、ジェンダー関連の苦痛を抱える子どもや若者だけでなく、より広い範囲の青少年です。すべての子どもや若者のために、彼らの幅広いニーズを満たすためのサービスの開発を優先すること、それが達成できたなら、私たちは使命を全うしたと言えるでしょう。

ヒラリー・キャス博士・OBE

著者権

Cass Review
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