Social transition 社会的移行
71. 社会的移行の定義は、まだ確定してはいません。しかし、髪型や服装を変えたり、名前を変えたり、代名詞を変えたりするなど、異なるジェンダーとして生きるための社会的な変化を指すと広く理解されています。
72. 社会的移行といっても、外見を少しだけジェンダーに非同調な姿に変える若者から、幼い頃から完全に社会的に移行し、埋没して生活している若者まで、さまざまです。
73. 児童と青少年の大きな違いに、親の態度や信念が、子どもの社会的移行の可否に大きな影響を与えることがあります。 思春期の若者にとって、ジェンダーの探求は正常なプロセスであり、硬直した二元的なジェンダーの固定観念は役に立ちません。
74. 早期の社会的移行の利益と害については、さまざまな見解があります。ジェンダー関連の苦痛を経験している子供たちのメンタルヘルスを改善すると考える人もいます。ジェンダー違和の可能性を高めると考える人もいます。後者は、社会的移行しなければ、ジェンダー違和は思春期に解消するのに、そうしたことで潜在的にジェンダー違和が長引き、人生を変えるような医療処置と結びつきかねないと考えています。
75. 英国および国際的には、現在多くの子供や若者が、完全または部分的な社会的移行をした後でジェンダークリニックを受診することが当たり前になっています。
76. システマティック・レビューでは、小児期の社会的移行がメンタルヘルスにプラスまたはマイナスのアウトカムをもたらすという明確なエビデンスは示されず、青年期への影響についてのエビデンスも、比較的弱いものしかありません。しかし、幼少時、あるいはクリニックで診察を受ける前に社会的に移行した人は、医療に進む可能性が高い、ということはいえます。
77. これらの研究から、早期の社会的移行がこの結果の原因であったかどうかを知ることはできませんが、性分化疾患(DSD)の子どもの研究から得られた教訓は、出生前のアンドロゲンレベル、外性器、養育時の性別(男女どちらの性別で育てられたか)、社会文化的環境の間の複雑な相互作用が、最終的なジェンダーアイデンティティに関与していることを示しています。
78. したがって、養育時の性別の経験は最終的なジェンダーの選択に何らかの影響を与えると考えられ、幼少期の社会的移行が、早期のジェンダー不合の子供たちの、ジェンダーアイデンティティ発達の軌道を変える可能性があるのです。
79. 臨床医は、ジェンダーロールやその振る舞い、またその表現において、いわゆるノーマルなバリエーションがあることを、家族が認識するのを支援するべきです。早急な決断を避け、完全な移行ではなく部分的な移行を検討することは、柔軟性を確保し、発達の軌道がより明確になるまで選択肢を広げておく方法です。
推奨事項 4:
家族/養育者が思春期前の子供の社会的移行について決定を下すとき、 サービスは、関連する経験を持つ臨床専門家ができるだけ早くその子を診察するように努めなければなりません。
Medical pathways 医療的措置
80. 二次性徴抑制剤(思春期ブロッカー)の使用の当初の理論的根拠は、思春期の始まりを遅らせることで「考える時間(time to think)」を稼ぎ、後の人生で「パス」しやすくなるというものでした。その後、ボディイメージや心理的健康も改善する可能性があることが示唆されました.
81. ヨーク大学が実施したシステマティックレビューでは、二次性徴抑制剤(思春期ブロッカー) が思春期を抑制する効果があること、思春期の抑制中に骨密度が損なわれることを実証する複数の研究が見つかりました。
82. しかし、ジェンダー違和の解消や減少、身体満足度の向上などの変化は認められませんでした。思春期の抑制が心理的または心理社会的幸福、認知発達、心血管代謝リスクまたは生殖能力に及ぼす影響に関するエビデンスも、不十分または一貫性がありませんでした。
83. さらに、二次性徴抑制剤(思春期ブロッカー)から男性化/女性化ホルモンへと移行するのが大多数だとすると、二次性徴抑制剤(思春期ブロッカー)が「考える時間」を稼ぐという証拠はありません。またそれが、心理的およびジェンダーアイデンティティの発達の軌道を変える可能性があるという懸念はあります。
84. NHSイングランドへのレビューのレター(2023年7月)では、二次性徴抑制剤(思春期ブロッカー)は、非常に狭い条件でのみ明確に定義された利益しか持たないこと、また神経認知発達、精神性的発達、および長期的な骨の健康に対する潜在的なリスクがあるため、研究プロトコルの下でのみ提供されるべきだと推奨しました。この結論をNHSイングランドと国立医療研究所(NIHR)はしっかりと受け止めました。
85. ヨーク大学はまた、男性化/女性化ホルモンの結果の系統的レビューを実施しました。 その結論は、「ジェンダー違和/不合の青少年へのホルモン介入の結果を評価する質の高い研究が欠如している。また、長期追跡調査を実施した研究はほとんどない。ジェンダー違和、身体満足度、心理社会的健康、認知発達、または生殖能力への影響について結論を出すことはできない。身長/成長、心血管代謝、骨の健康に関するアウトカムについては不確実性が残っている。ホルモン治療が心理的健康を改善する可能性があるというエビデンスが、主に事前事後研究において見られるが、長期追跡調査を伴うしっかりした追加研究が必要である」と概説しています。
86. ホルモン治療は、この集団における自殺による死亡リスクの上昇を低下させると言われていますが、得られたエビデンスはこの結論を支持していません。
87. ホルモン投与で治療された人のうち、その後脱トランスする人の割合は、長期追跡調査がないため不明ですが、その数は増加していることが示唆されています。
88. 本レビューが進むにつれてますます顕著になってきた問題は、ホルモン治療に進まなかった人への心理社会的介入とその長期的アウトカムに関する研究がいずれも少なく、ホルモン治療に関する研究と同じくらい脆弱だということです。このデータの不足が、ただでさえ複雑な問題をより複雑にし、増加するジェンダー関連の苦痛を抱えた青少年をどのように支援するのが最良なのかを考える際の大きなギャップになっています。
Long-term outcomes 長期的アウトカム
89. 児童や若者のためのジェンダーアイデンティティサービスの計画と評価における大きな困難には、GIDS(Gender Identity Development Serviceジェンダーアイデンティティ発達支援サービス)にアクセスした人の長期的なアウトカムに関するエビデンスが極めて限られていることがあります。
90. 臨床医が患者にどのような介入が最善かについて話すとき、通常さまざまなオプションの長期的な利益とリスクを調べます。それは、それらの治療経路を経験した他の人々からのアウトカムのデータに基づくものでなければなりません。しかしこの情報は現在、ジェンダー不合またはジェンダー違和の児童や若者への治療計画の際には利用できません。そのため、若者とその家族は、潜在的な影響と結果を十分に把握せずに決定を下さなければなりません。
91. 本レビューが委託した一連の研究は、定量的データリンケージ研究でした。この研究の目的は、GIDSを通過した約9,000人の若者を追跡調査して、これらのデータのギャップを埋めることでした。これは、受けた支援や介入の種類、長期的なアウトカムについて、より強力なエビデンス基盤を構築するのに役立つはずでした。そして、これには、GIDSとNHSの成人向けジェンダーサービスの協力が必要でした。
92. 2024年1月、レビューはNHSイングランドから、NHSジェンダークリニックの参加を促したにもかかわらず、必要な協力が得られていないというレターを受け取りました。
93. この定量的研究は、若者、その親/養育者、および彼らと一緒に働いている臨床医が、若者にとって何が正しい治療経路なのか十分な情報に基づいて決定を下すのに役立つさらなるエビデンスを提供する貴重な機会でした。
94. レトロスペクティブ(後ろ向き)研究は、プロスペクティブ(前向き)研究ほど有効ではありません。必要な追跡データを抽出するには最低でも10〜15年かかります。
95. NHS イングランドは、レビューの存続期間を超えてデータリンケージ研究を実現することへのコミットメントを表明しており、レビューは、研究を前進させようとしたヨーク大学の経験を詳細に把握しています。
推奨事項 5:
NHSイングランドは、英国保険省(DHSC)と協力して、現在の法定文書の存続期間内にデータリンケージ研究に参加するようジェンダークリニックに指示する必要があります。NHS イングランドの研究監視委員会は、研究結果の解釈に責任を負う必要があります。
著者権
Cass Review
Independent Review of Gender Identity Services for Children and Young People
cass.review@nhs.net
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