ジェンダー医療研究会:JEGMA

ジェンダー医療研究会は、 ジェンダー肯定医療に関して、エビデンスに基づいた情報を発信します。

キャス博士の報告書:臨床の決断の困難/人材/医療サービスモデル/トレーニングと教育 - p.34~

臨床の決断の困難

96. 児童や若者へのジェンダー医療で大きく議論に分かれることに、ジェンダー違和に対してホルモン治療をするべきかの問題があります。 新サービスのビジョンを策定するにあたり、レビューは同意の問題を検討しました。 それは、ベル対タヴィストック訴訟で浮き彫りになった問題です。

97. 司法審査の範囲は、この訴訟のcapacity (責任能力)と、competence to consent(同意する能力)のみにしか及びません。しかし、医療行為の同意とは、単なる責任能力や同意する能力以上のものです。臨床医は適切な治療を提供する義務があるため、提案された介入が臨床的にふさわしいものであることを確認する必要があります。また、治療のリスク、ベネフィット、期待される結果について、患者に適切かつ十分な情報を提供することも必要です。

98. ホルモン治療がふさわしいかどうかを判断するのは難問です。ジェンダー違和の正式な診断はホルモン治療を受けるための前提条件であると、これまでは頻繁に利用されてきました。 しかし、その若者が将来、長年にわたってジェンダー不和を抱えることになるのか、あるいは医学的介入が彼らにとって最良の選択肢となるのか、その診断だけで確実に予測することはできないのです。

99. さらに、エビデンス基盤が乏しいため、若者とその家族が正しい選択できるように十分な情報を提供することが困難なのです。

100. 医療のあらゆる側面について信頼できる情報源が必要です。しかし、二次性徴抑制剤(思春期ブロッカー)の有効性についての様々な主張によって築き上げられた過剰な期待を和らげ、あるいは距離を置くことが、特に重要です。

101. 若者はしばしばジェンダー医療を今すぐ受けたいという切迫感を表明しますが、 若年成人は自分の経験に基づいて、じっくり時間をかけて選択したほうが良いとアドバイスしています。16歳から男性化/女性化ホルモンを投与する選択肢もありますが、本レビューでは18歳より前にホルモンを投与することについて、極めて慎重な臨床的アプローチと強力な臨床的根拠を持つことを推奨します。これにより、この重要な発達期間に選択肢をオープンにし、必要に応じて併発する疾患の管理、回復力の構築、妊孕性温存のための時間を確保することができます。

102. 本レビューで提示されたエビデンスからの包括的な結論は、二次性徴抑制剤(思春期ブロッカー)研究は、現在計画中のより広範な研究プログラムの一部となる必要があるということです。そこでは、すべての医療介入に関するエビデンスを構築し、これらの小児および若者を支援する最も効果的な方法を決定することを目指します。

推奨事項 6:
この臨床領域における医学的および非医学的介入を支えるエビデンス基盤は改善されなければなりません。二次性徴抑制剤(思春期ブロッカー)治験を実施するべきという我々の以前の勧告はNHSイングランドに受け入れられましたが、さらに完全な研究プログラムを設立することをお勧めします。

これには、NHSのジェンダーサービスを受診するすべての青少年の特徴、治療、およびそのアウトカムを調査する必要があります。

  • 二次性徴抑制剤(思春期ブロッカー)治験は、心理社会的介入および男性化/女性化ホルモン治療のアウトカムも評価する研究プログラムの一部であるべきです。
  • 成人期までのフォローアップを伴う調査研究への登録の際には、すべての児童と若者から定期的に同意をとる必要があります。

推奨事項 7:
長年にわたるジェンダー不合は、治療の必須条件であるべきですが、医学的治療経路が個人にとって正しい選択肢であるかどうかを判断するためのひとつの側面にすぎません。

推奨事項8:
NHSイングランドは、男性化/女性化ホルモンに関する方針を見直す必要があります。16歳から男性化/女性化ホルモンを投与する選択肢もありますが、本レビューでは細心の注意を払うことを推奨しています。患者が18歳に達するまで待つことなく、それ以前の段階でホルモン治療をすることには明確な臨床的根拠が必要です。

推奨事項 9:

医療処置を伴う治療には、必ず全国レベルの学際的チーム(Multi Disciplinary Team =MDT )の承認を必要とすること。この後援は複数専門家レビューグループ(Multi Professional Review Group =MPRG)に変えて、国家的医療提供者共同体(National Provider Collaborative)によってなされなければなりません。

推奨事項 10:
すべての児童は、医療経路に入る前に、不妊カウンセリングと妊孕性保存のプログラムを受ける必要があります。


医療サービスモデル 

103. 本レビューの中間報告を受けて以来、NHSイングランドはキャパシティを増やすための措置を講じ、小児専門病院が主導する2つの新しい医療サービスを設立しました。これは、全国的な地域サービスのネットワークを作るための最初のステップです。

104. 本レビューは、これらの新しいサービスから知見を得ることを望んでいました。 ところが、既存の組織内に非常に感情的で政治的な運動からの抵抗があることがわかりました。これは、エビデンス基盤の弱さと専門的なガイダンスの欠如と相まって、適切な学際的な(=多彩な分野の)人材を採用するのが困難になっています。

105. レビューはNHSイングランドが地域医療モデル設立に着手したことを歓迎します。 しかし、現在の需要を満たし支援を必要とする児童や若者に対応するために、より適切で、全人的で、地域に根ざした、タイムリーなアプローチを提供するためには、(現在の)分散型の治療モデルも必要であると主張しています。

106. 医療サービスは三次センターだけに設置されるべきではなく、地域のサービスと提携して地域全体をカバーする柔軟な人材を備えた、より広範な医療サービスモデルが必要です。 複数の施設にまたがって臨床サービスを提供するケアモデルは、ケアの質を向上させ労働力を最適化しながらサービスへの地理的アクセスを維持できる可能性があります。

107. 臨床ネットワークとマルチサイトモデルは、ケアの継続性を高め、患者の自宅により近い場所で、児童や若者が自分のペースで複数のサービスをそれぞれの場所で受けられるようになります。また、地域サービスを不安定にすることなく、ネットワーク全体で従業員を共有できます。そして既存のGIDSセンターと新しい施設で人材を融通することで、新規人材採用の問題を解決できます。

108. 国家医療提供者協力団体(Establishment of a National Provider Collaborative )は、地域医療センターが、共通の基準と統括手順で運営されること、アセスメントと治療のプロトコルを開発できるよう保証しなければなりません。また当協力団体は、倫理、トレーニングと専門能力開発、データと監査、品質改善と研究要件を監督する役割を持つ必要があります。また、複雑なケースを議論するためのフォーラムを提供します。 その目的は、国内のどこで児童や若者を診察しても同じように高水準のエビデンスに基づいたケアを受けられるようにすることです。

109. さらに唯一の組織である国家医療提供者ネットワーク(National Provider Network)が各地域センターを監督し、それらが管轄する地方の地域サービスが定められたサービス実施ネットワーク(Operational Delivery Network :ODN)の範囲内で運営されるようにしなければなりません。この定型化されたネットワークと増員された医療提供者が患者のニーズに基づき、どのレベルでも治療とリスクを管理して、待ち時間を減らして専門家の医療に結び付けます。

110. また、このモデルは異なる児童サービス間の統合を支援し、個々のニーズによりよく対応する柔軟な経路に沿って、地域のサービスへの早期アクセスを促進します。全体として、このモデルは自分のジェンダーアイデンティティに疑問を抱く児童や若者の医療を改善するはずです。

111. 新しい地域サービスは、遅滞なくNational Provider Collaborative(国家医療提供者協力団体)を設立し、ネットワークを迅速に開発し、まず既存の地域関係を利用してサービス提供を加速する必要があります。まずこれらの地域サービスで最初に患者に対応し、第二段階のサービスで児童や青少年の評価や心理的なサポートを行います。三次レベル(第三段階)で医療介入を行うという構造です。

推奨事項 11:
NHSイングランドと医療提供者は、地域のマルチサイトサービスネットワークの開発にできるだけ早く取り組む必要があります。これは、NHSイングランドが地域のサービスに委託の責任を委任し、地域のプロバイダーに地域で下請けするリード プロバイダー モデルに基づいている場合もあります。

推奨事項12:

The National Provider Collaborative(国家医療提供者協力団体)は遅滞なく設立されなければなりません。

人材

112. このレビューでは、労働力の不足がこのサービスを提供する上で最も困難な原因のひとつであることを認識しています。

113. 既存の医療モデルでは、NHSに助けを求めるジェンダーに疑問を抱く児童や若者の大多数は、ジェンダー医療のみに従事する高度に専門化された人々の手に委ねられます。ごく少数の患者は、地域の児童青年精神保健サービス(Child and Adolescent Mental Health Services =CAMHS)または小児科サービスで適切な支援を受けられます。しかし意図しなかった悪影響は、他の人材のスキルを低下させ、信じられないほどの長いウェイティングリストでした。

114. ジェンダーの多様性とジェンダーに疑問を抱く若者の数が増加していることを考えると、すべての臨床スタッフがNHS全体のさまざまな環境で彼らをサポートできることが重要です。日々の臨床に関与する専門家が、思春期の身体的および精神的健康に関する幅広いスキルを保持することも同様に重要であり、若者がジェンダーアイデンティティのみを指標にするのではなく、全人的に扱われるようにします。

115. 国際的な慣行に沿って、地域センターには幅広い多職種の労働力が必要です。サービス内で働く人々のスキルは、この異質なグループの広範で多様なニーズを反映する必要があり、サービスには医学的介入が臨床的に適応となる個人とそうでない個人の両方をサポートするための適切なスキルのコンビネーションを含める必要があります。

116. この労働力には、精神科医、小児科医、心理学者、心理療法士、臨床看護師の専門家、ソーシャルワーカー、自閉症やその他の神経多様性(neurodiverse)の症状の専門家、言語療法士、産業保健の専門家、および医療介入が適切であると考えられるサブグループについては、内分泌学者と不妊治療の専門家を含める必要があります。社会的養護も組み込まれるべきであり、擁護を受けている児童やトラウマを経験した児童の保護と支援に関する専門知識があるべきです。

117. 将来のサービスモデルを概説する際に、他のサービスエリアを枯渇させることなく利用可能な労働力を増やすために、レビューでは比較的融通が利くマルチサイトスタッフグループ(各地に複数のセンターを設け派遣する)を推奨します。スタッフは複数のセンターにまたがる共同契約で雇用されます。スタッフは第三段階(三次)センター内と、第三段階と第二段階のセンター間でジェンダー医療以外の分野も担当しつつ、ジェンダー関連の苦痛を抱える児童や若者の医療を、より広い児童や思春期のヘルスサポートに組み込むために働きます。 これには、既存のサービスを不安定にせず、そこでの仕事の継続とコネクションを維持しながら、蓄積した知識を外部に分け与えるという追加の利点があります。

118. これは非常にやりがいがあり、複雑で、感情的な分野です。 このグループで働く人は、専門家の監督とサポートを得て、自分自身のアプローチと自分が感じているうまくいきそうな試行を探求する場を持つべきです。決められたこと以外にも現場の人材が感じる懸念を提起するための正式なプロセスが必要です。これにより、アプローチの一貫性が保たれ、労働力の定着率も向上するはずです。

119. また、国家医療提供者共同機構(National Provider Collaborative)は、臨床および非臨床のすべてのスタッフが定期的に集まり、サービス内で働くことの感情的および社会的側面について話し合う構造化されたフォーラムの運営を検討する必要があります。

推奨事項13:
利用可能な労働力を増やし、より広い臨床的視点を維持するために、共同雇用契約を利用してネットワーク全体およびさまざまなサービスで働くスタッフをサポートする必要があります。

推奨事項14:

NHS イングランドは、労働力のトレーニングと教育機能Workforce Training and Education functionを通じて、このサービス分野の要件が青少年サービスの全体的な労働力計画の一部であることを保証する必要があります。

トレーニングと教育

120. 一般の医療関係者は、ジェンダーに疑問を持つ児童や青少年をどうやって扱えばよいか自信が持てません。児童や若者を扱う多くの臨床医は、ジェンダーケアにも転用できるスキルと専門知識を持っています。 しかし、NHSのすべての臨床医が、トランスジェンダー、ノンバイナリー、ジェンダーに疑問を抱く若者と繊細かつ効果的に接する方法について、より良いトレーニングを受ける必要があります。

121. 児童や若者、家族/養育者と関わる臨床医は、幅広い背景を持つ家族や養育者と適切に関わり、若者やその親/養育者がサービスに提示できる優先順位の範囲を認識する必要があります。

122. 若者たちは、臨床医が自分の意見に耳を傾け、自分の気持ちを尊重し、感情の対処や選択肢を選ぶのをサポートしてほしいとレビューに語りました。彼らは、臨床医が思いやり、理解、承認を示し、患者を個人として扱うことを期待しています。

123. トレーニングプログラムは、他のサービス分野での実践にならう必要があります(たとえば、セーフガーディング(Safeguarding:精神的にも肉体的にも傷つきやすい子どもと大人の保護)など)。スタッフの能力と教育の必要性は、そのグループと臨床分野によって異なります。

124. 関連するメディカルロイヤルカレッジと専門機関のコンソーシアム(共同事業体)は、システム内のさまざまなレベルでこの分野で働くすべての臨床およびソーシャルケアスタッフに関連する共有スキルと能力のフレームワーク(枠組み)を開発する必要があります。これには、思春期ケアにおけるより広範なスキルと、ジェンダーケアに関連するより具体的な様相が含まれるべきです。

125. 個々の専門機関は、どれが移転可能なスキルとコンピテンシー(職務遂行能力)なのか、それがこの特定のスタッフグループのトレーニングカリキュラムにすでに組み込まれているかどうか、また何が不足しているのかを判断する必要があります。

126. 次に、コンソーシアム(共同事業体)は、既存のトレーニングプログラムやカリキュラムに欠けていると考えられるトピックを補うカリキュラムを開発し、さらにこの分野で働く個人の資格認定のために、トップアップ(上乗せ)・トレーニング/継続的専門能力開発(CPD)を用意しなくてはなりません。

推奨事項15:
NHSイングランドは、関連する専門機関のコンソーシアム(共同事業体)を設立するために、主導的な組織を作って作業を委託する必要があります。

  • コンピテンシーフレームワーク(職務遂行能力の枠組み)の開発
  • 専門トレーニングプログラムに何が欠けているかを特定する
  • 臨床分野とレベルに適した、専門的能力を補完するための一連のトレーニング教材を開発します。これには、ホリスティック(全人的)な評価のフレームワークの構成要素と、大枠の作成と治療計画へのアプローチを含める必要があります。

推奨事項 16:

国家医療提供者共同機構(National Provider Collaborative)は、若者、親、養育者のためのエビデンスに基づく情報とリソースの開発を調整する必要があります。これを一元的に主催される NHS オンラインリソースにするかどうかを検討する必要があります。

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Cass Review
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