ジェンダー医療研究会:JEGMA

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WPATHファイル:マイノリティ・ストレス/現実的な期待 - p.47~49

マイノリティ・ストレス 
 WPATHの信仰体系には、トランス前後の精神疾患の割合の高さや、トランス後の自殺の問題に対する解答が組み込まれています。その答えがマイノリティ・ストレス・モデルです。WPATHによると、性的特性変更の介入前、介入中、介入後にトランスジェンダーコミュニティのメンバーが経験するメンタルヘルスの問題の原因は、トランスフォビア社会での生活、言い換えれば、抑圧されたマイノリティの一員であることのストレスだと言うのです(195)。 そしてWPATHメンバーの研究では、ジェンダー肯定医療がうつ病、不安、自殺傾向、さらには自閉症などの精神医学的併存疾患を解決できると主張しています(196,197,198)。

 同性愛者の権利運動から借用したマイノリティ・ストレス仮説は、トランスジェンダー医学の文脈で1度も実証されたことはありません。しかし、ジェンダー肯定を提供する医療従事者にとってそれは、患者がトランスを後悔したり、トランスによってメンタルヘルスが改善されなかったりした場合に、責任を否定する手段として役立ちます(199)。これにより、これらの医師は、未成年者や精神的に不安定な成人が人生を変えるような劇烈な医療介入を受けるのを許可した自分たちを責めるではなく、社会が不寛容であることを責めることができるのです。 同様に、「不寛容」は、活動家の臨床医・研究者自身によって、ますます信じがたいような定義をされているため、マイノリティ・ストレスは本質的に反証不可能であり、したがって非科学的な理論です。よって、ジェンダー臨床医にとっては、医療過誤の申し立てに対するあまりにも都合のいい保険にもなります。

 しかし、スウェーデンの状況はマイノリティ・ストレス・モデルに対する反論たりえます。非常に寛容な国として知られるスウェーデンにおいては、マイノリティ・ストレスモデルが正しければ、トランスジェンダーの人々の精神疾患や自殺行動の割合ははるかに低いと予想されますが、真実はその逆です。スウェーデンの長期研究では、術後のトランスジェンダーの成人は自殺のリスクが有意に高く、死亡率も高いことがわかっています(200)。 

現実的な期待 
 多くの研究は、思春期に発症するジェンダー違和を経験している多くの青年が複数の精神医学的併存疾患に苦しんでいることを示しています。その疾患は、彼らのジェンダー違和が始まる前から存在しています(201,202,203,204)。 精神的に苦痛を抱えている人の中には、性的特性変更処置がすべての心理的苦痛に対する奇跡的な治療法であると信じ込まされた後、自分をトランスジェンダーとし自己診断するようになったと、脱トランスした人たちが証言していることからも、この仮説は正しいといえます(205)。

 ファイルには、WPATHのメンバーがそのような誤った希望を助長しているという証拠があります。モンタナ州のトランスジェンダーを自認する生得的女性のセラピストは、「ジェンダー肯定医療を受けることで、クライアントのメンタルヘルスを大幅に安定させることができることが多い」と述べています。外科的去勢がホームレスの人生に大きな変化をもたらしたと主張したカリフォルニアのセラピストは、ホルモン剤の摂取を控えることはメンタルヘルスの症状を悪化させる可能性があるとそのフォーラムで語り、ホルモン療法は「ハームリダクション(害の軽減)であり、何もしないことは『中立的な選択肢』ではない」と示唆しました。

 また、WPATHのSOC8では、この主張を裏付ける質の高い研究がないにもかかわらず、性的特性変更の介入後に「(トランスジェンダーや多様なジェンダーの)人々が経験するメンタルヘルスの症状が改善する傾向があることを複数の研究が示唆している」と述べています(206)。 

 ホルモンや手術による性的特性変更処置がうつ病、PTSD、さらには統合失調症さえも改善できると示唆することは、インフォームド・コンセントを得る際に患者に正確な情報を提示するという要件に違反しています。これは、美容整形外科医が患者に、鼻の整形がうつ病の治療法であるとか、豊胸手術が双極性障害の治療法であると伝えるようなものです。

 このような偽りの約束のせいで、ジェンダー違和に苦しむ人々は、性的特性変更処置に非現実的な期待を抱くことがよくあります。 異性化ホルモンの投与を開始したり、乳房切除術や生殖器の手術を受けたりすることへの期待と興奮でジェンダー違和に悩む人の頭はいっぱいになり、すべての痛みと苦しみを解決するために、これらの医療処置に希望を託します。精神的苦痛の治療法として性的特性変更の薬剤や手術を推奨するWPATHのメンバーは、これらの幻想を払拭しようとはしません。

 しかしそれは間違っています。20年ほど前、ロンドンのポートマン成人ジェンダークリニックで、英国の精神科医が、トランスジェンダーの患者に、性的特性変更処置の効果を現実的に教えることが、医学的介入への欲求を鎮め、移行の後悔を最小限に抑えるためにとても有効であることを実証しました。 

 アズ・ハキーム医師は、手術での移行を希望する患者と、手術を後悔している術後のトランスセクシュアル(性別変更者)を組み合わせたセラピーグループを運営していました。あるインタビューで彼は、手術前のグループは興奮と陶酔感、手術後のグループは「嘆き、憂鬱、悲しみ」に満ちていると描写しています。

 ハキーム医師は手術後の後悔について「典型的なパターンは、ジェンダー違和、トランスジェンダーの陶酔感、そしてトランスジェンダーの違和感という道をたどります」と語りました。「彼らは、手術前に感じていたトランスジェンダーのアイデンティティが本物でなかったことに気づきました。つまり術後の変化した肉体においても、依然として本当の体ではないような感覚が続いているのです」ハキーム医師は、このプロセスには平均7年かかったと述べており、移行後の患者満足度が高いことを示す短期追跡調査の妥当性にさらなる疑問を投げかけています(207)。

 ジョンズ・ホプキンス大学のマイヤーとフープスは、1974年に同じ見解を述べています。 移行後2年から5年は「初期の高揚感」が続くが、蜜月期間は終わる。「患者は、身体の一部は変形したものの、実際には何も変わっていないという悲痛な認識に襲われます」(208)。

この蜜月期間は、最近でも観察されています(209)。

 前述の1988年のオランダでの最初の追跡調査では、性的特性変更の旅の初期段階にある人々を「将来に借金をしている」と表現しています。 そして、この研究は「(性別再割り当て手術は)万能薬ではない」と結論付けています。 研究者らは、「ジェンダーの問題を解決したからといって、必ずしも幸せで気楽な生活につながるわけではない」こと、そして逆に「SRS(性別再割り当て手術)は新たな問題につながる可能性がある」ことを観測しました(210)。

 人生を変えるような性的特性変更処置に着手したいと願う人々は、この現実に直面することが不可欠です。ファイルには、WPATHのメンバーが、ホルモンや手術による身体改造後の生活の困難に患者が現実的に対処できるように準備しているという証拠はありません。対照的に、ハキーム医師の革新的なアプローチは非常に効果的であることが証明されました。彼のセラピーに参加した手術前患者のほとんどが、自分たちの「ファンタジーのような解決策」の限界を理解したため、最終的に手術を受けませんでした。また、手術に進んだ少数の患者は、以前よりはるかに現実的な期待を抱いていました。

195) Meyer, I. H., Russell, S. T., Hammack, P. L., Frost, D. M., & Wilson, B. D. M. “Minority Stress, Distress, and Suicide Attempts in Three Cohorts of Sexual Minority Adults: A U.S. Probability Sample.” PLOS ONE 16, no. 3 (2021): e0246827. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0246827.

196) Turban, J. L. “Potentially Reversible Social Deficits among Transgender Youth.” [In eng]. J Autism Dev Disord 48, no. 12 (Dec 2018): 4007-09. https://doi.org/10.1007/s10803-018-3603-0.

197) Turban, J. L., King, D., Carswell, J. M., & Keuroghlian, A. S. “Pubertal Suppression for Transgender Youth and Risk of Suicidal Ideation.” [In eng]. Pediatrics 145, no. 2 (Feb 2020). https://doi.org/10.1542/peds.2019-1725.

198) Turban, J. L., & van Schalkwyk, G. I. “”Gender Dysphoria” and Autism Spectrum Disorder: Is the Link Real?” [In eng]. J Am Acad Child Adolesc Psychiatry 57, no. 1 (Jan 2018): 8-9.e2. https://doi.org/10.1016/j.jaac.2017.08.017.

199) Mayer, L. S., and McHugh, P. R. “Part Two: Sexuality, Mental Health Outcomes, and Social Stress.” Sexuality and Gender: Findings from the Biological, Psychological, and Social Sciences, The New Atlantis 50 (2016): 73-75. https://www.thenewatlantis.com/publications/part-two-sexuality-mental-health-outcomes-and-social-stress-sexuality-and-gender.

200) Ibid (n.66)

201) Kaltiala-Heino, R., Sumia, M., Ty􏰁läjärvi, M., & Lindberg, N. “Two Years of Gender Identity Service for Minors: Overrepresentation of Natal Girls with Severe Problems in Adolescent Development.” [In eng]. Child Adolesc Psychiatry Ment Health 9 (2015): 9. https://doi.org/10.1186/s13034-015-0042-y.

202) Bechard, M., VanderLaan, D. P., Wood, H., Wasserman, L., & Zucker, K. J. “Psychosocial and Psychological Vulnerability in Adolescents with Gender Dysphoria: A “Proof of Principle” Study.” [In eng]. J Sex Marital Ther 43, no. 7 (Oct 3 2017): 678-88. https://doi.org/10.1080/0092623x.2016.1232325.

203) Kozlowska, K., Chudleigh, C., McClure, G., Maguire, A. M., & Ambler, G. R., “Attachment Patterns in Children and Adolescents with Gender Dysphoria.” Frontiers in psychology (2021): 3620. https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpsyg.2020.582688/full.

204) Ibid (n.176)

205) Ibid (n.177-179)

206) Ibid (n.94)

207) Hughes, M. (2023). Dr. Az Hakeem: Trans Is the New Goth. Public. https://public.substack.com/p/dr-az-hakeem-trans-is-the-new-goth#details

208) Meyer, J. K., Hoopes, J. E., & Meyer, J. K. “The Gender Dysphoria Syndromes: A Position Statement on So-Called “Transsexualism”.” Plastic and Reconstructive Surgery 54, no. 4 (1974). https://journals.lww.com/plasreconsurg/fulltext/1974/10000/the_gender_dysphoria_syndromes__a_position.9.aspx.

209) Nobili, A., Glazebrook, C., & Arcelus, J. “Quality of Life of Treatment-Seeking Transgender Adults: A Systematic Review and Meta-Analysis.” Reviews in Endocrine and Metabolic Disorders 19, no. 3 (2018): 199-220. https://doi.org/10.1007/s11154-018-9459-y.

210) Ibid (n.125)

著作権 Environmental Progress

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