ジェンダー医療研究会:JEGMA

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WPATHファイル:卵巣摘出術 - p.57~


卵巣摘出術

19世紀の産婦人科手術による精神疾患の治療法と、今日の性器手術と両側乳房切除術による精神疾患の治療法とを比較した症例研究

 19世紀の最大の医療スキャンダルの1つは、「月経の狂気」、ニンフォマニア(女性の異常な性欲亢進)、マスターベーション(自慰行為)、「狂気のすべての症例」に至るまで、女性のさまざまな精神疾患の治療として、健康な卵巣を摘出する治療法でした。 卵巣摘出術として知られるこの治療法は、当時の多くの主要な婦人科医や精神科医の支持を得ており、1872年から1900年の間に10万人以上の女性が健康な卵巣を切除したと推定されています(242)。これは、抗生物質と適切な外科的清潔処置が発明されるずっと前の時代であり、女性の約30%がこの医学的に不必要な手術の結果として死亡しました(243)。  

 この治療法は、脊椎が体のすべての器官をつないでいるという疑似科学的な考えである反射理論に端を発しており、これはある器官が脳を含む離れた器官に症状を引き起こす可能性があるというものです。この論理により、患者は自分の症状とは関係のない臓器に原因があると思い込み、後述する期間、精神的苦痛を解決する手段として卵巣の摘出を求める女性が大挙して病院に押し寄せました。

 また、ヒステリー、神経衰弱(今日では慢性疲労症候群と呼ばれるもの)、月経の狂気(月経前不快気分障害:PMDD)、狂気など、さまざまな苦情は自慰行為とニンフォマニアの結果であるという当時の流行の信念と相まって、卵巣が女性の精神障害に関与している説が世論を支配していました。そして、精神障害の原因に卵巣が関与しているという説から、外科医が治療として卵巣を切除したいと思うのは自然な成り行きでした。

 1872年、わずか数週間のうちに、大西洋の反対側で2件の卵巣摘出術が行われました。 ドイツのアルフレッド・ヘーガーは、この処置を心理的苦痛の治療として健康な女性に世界で初めて行いました。しかし、彼の患者は一週間後に腹膜炎で亡くなりました。1ヶ月も経たないうちに、イギリスの産婦人科医ローソン・テイトとアメリカ人のロバート・バッテイは、ヘーガーの手術の経緯も知らず、月経症状と痙攣に苦しむ女性の卵巣を摘出しました。バッテイ博士の患者は、術後は半昏睡状態になり、敗血症を発症した後、ヘーガーの患者と同じ運命を辿るところでしたが、後に回復し、彼女の女性としての悩みは治癒したとされました。

 この手術はバッテイの名を冠し、バッテイ手術として知られるようになりました。 バッテイは、女性の狂気は「子宮や卵巣の病気によって引き起こされることは珍しくない」と信じていました。 バッテイは1872年から1888年の間に数百人の女性にこの手術を行ったと考えられており、てんかんからヒステリー性嘔吐まで、さまざまな障害のために卵巣を切除し、ヨーロッパの大部分と米国全土で絶大な人気を博しました。またそれは「道徳的低下」を防ぐための治療法と考えられてさえいました。

 医学史家のエドワード・ショーターによると、この致命的な手術を女性に行うことの正当性を見出すため、異常な割合の精神疾患の女性が骨盤病変に苦しんでいるというデータが、統計的対照なしで集められました。 例えば、ロシアの産婦人科医ヴァレンティン・マニャンが行ったある研究では、精神疾患やヒステリーを起こした患者45人のうち35人にさまざまな生殖器病変があり、婦人科の異常がなかったのは4人だけでした(244)。もちろん、これらの知見は対照群がいなければ意味がありませんが、エビデンスに基づく医療が発展するずっと前の時代です。

 このように、医学界は危険で致命的な治療をまたたくまに採用し、精神科医が「すべての狂気の症例」に手術を勧めるようになるまで、それほど時間はかかりませんでした。女性患者への卵巣摘出はとても人気になり、精神病院がそれ専用の手術室を設けたほどです(245)。

 卵巣摘出術の支持者は、卵巣摘出術を「手術の比類なき勝利の1つ」と考え、この医学的に必要な治療を女性に対して拒否する者は「人間性に欠け」かつ、「患者に対して怠慢の罪を犯している」と考えました(246)。これは、この手術のパイオニアの一人であるローソン・テイトを含む、当時の主要な外科医が抱いていた見解でした。 反対派は、この手術を「有害で恐ろしい」と呼び(247)、それを行う外科医を「婦人科の変質者」になぞらえました(248)。

 1880年にパリでジェームズ・イスラエルが行った偽の手術さえも、その熱狂を鎮めることはできませんでした。イスラエルは、患者の肉体を切開して、何もせずにただ縫い直し、それで治癒したと宣言しました。それによってプラシーボ効果と患者の症状が精神的なものだと証明しようとしたのです(249)。しかし、ヘーガーはその年の後半に、その同じ患者の絶え間ない嘔吐を治すために卵巣切開手術を行ったと言われています。当時ヘーガーはドイツの外科医にこの手術を勧めていましたが、婦人科医で医学史家のジョン・スタッドによると、これは卵巣摘出が最先端の医学だと思われていたことの証拠です(250)。

 当時流行していた反射理論を吸収し、精神的苦痛の原因として生殖器官に原因を求めた女性は、婦人科医に「バッテイ化」を依頼するようになり、この手術がますます普及しました(251)。

 ウィリアム・グッデル博士は、他の婦人科医も賛同しているように、この手術は「狂気のすべての症例」に対して行われるべきだと主張し、「手術後に精神病が治癒しなくても、そうしなければ狂気の子孫を産んだかもしれない女性に不妊をもたらしたのだから、自分は良いことをしたのだと考えればよい」と、他の医師にこの手術の効能を保証しました(252)。グッデルは、そのような女性は「何世代にもわたって、自分の子供たちやその子孫に狂気の穢れを遺伝させる」と信じていました(253)。

 一部の医療報告には、手術を受けた女性が満足しているという記述が含まれています。ある女性は、手術前は自暴自棄になり、自ら命を絶ちそうになったが、健康な卵巣を摘出した後は「元気で、幸せで、元気な女」になったと語りました(254)。

 卵巣摘出術を熱狂的に支持したGeroge H. Rohéは、てんかん、憂鬱症、ヒステリー性躁病の症例など、幅広い精神障害の患者に手術を行いました。 彼は、患者が「時々訪れる頭脳が明晰な時間」の間に「有効な同意」を与えることができると信じていました(255)。

 しかし、この手術への抑えきれない情熱こそが、やがてその栄光からの転落の原因になりました。1893年、ペンシルベニア州ノリスタウンの州立精神異常病院の外科病棟に調査が入りました。その病棟は、卵巣摘出術として知られていた「両側卵巣摘出術」を行うために開設されたものです。調査の結果、手術は「違法で実験的……文字通り残忍で非人道的であり、いかなる合理的な理由でも許されない」と判断されました。この報告は、精神疾患を治療するための卵巣切開術の終わりの始まりでした(256)。一流の産婦人科医が反対の声を上げ始め、 世紀末までに、バッテイ手術はほとんど忘れ去られました。

 ロボトミーの場合と同様に、医学界は卵巣摘出術の不幸な歴史から重要な教訓を学ぶべきでした。外科医は、脆弱な患者に生涯にわたる深刻な影響を与える新しい手順を性急に受け入れることの危険性を認識するべきでした。また、患者(多くの場合女性)の症状を形作る上での医学的影響の役割について医師に警告すべきでした。患者は医師の考えを内面化し、そのため心身症の症状を訴えるようになり、外科的解決策を求めるようになるのです。 それなのに、驚くべきことに、21世紀になって、私たちは再び卵巣摘出での失敗に驚くほど似ている出来事を目の当たりにしています。

 19世紀に精神的苦痛の治療として女性の健康な卵巣を摘出した外科医と、10代の少女や若い女性の健康な乳房や生殖器官を精神的苦痛の治療として切除することを外科医に提唱している今日のWPATHの医師との間には、多くの顕著な類似点があります。  

 卵巣摘出手術は最初からとんでもないものでしたが、外科医は少なくともある程度の警戒心は持っていました。この手術は当初、月経の狂気、てんかん、ニンフォマニア、マスターベーションなどに対してのみ実施されました。しかし後には適用範囲が拡大し、ヒステリーなど当時の精神医学のあらゆる形態の治療法となりました。

 トランスジェンダーを自認する人に対する性的特性変更処置も同じ軌跡をたどりました。

 医学的介入は当初、持続的なジェンダー違和の症例のみに限定されていました。しかし、活動家がWPATHを牛耳るようになると、患者が生得的性別と和解するのを助ける心理療法がコンバージョン・セラピー(転換療法)と見なされたため、ホルモン投与が治療の第一歩となりました。 WPATHファイルの議論で見てきたように、女性のテストステロン(男性ホルモン)の長期使用は子宮の萎縮と子宮摘出術の必要性につながり、健康な卵巣を子宮と一緒に切除することを選択する人もいます。 21世紀における思春期の少女や弱い立場の成人女性の生殖器官を切除する医療ダメージは、ホルモン治療というその前のステップを挟んでいるのですが、だからといってその罪が軽くなるわけではありません。

 一世紀以上前の卵巣摘出スキャンダルの不気味な余韻が、WPATHの「アイデンティティ・エボリューション・ワークショップ」でのフェランド外科医の発言から聞こえてきます。博士はWPATHメンバーと「初期の卵巣摘出術」について話し合っていました。WPATHに所属する外科医は、若い女性の「卵巣を早期摘出」すれば、心血管と骨の健康のために生涯にわたるホルモンサプリメントが必要になると説明しています。

 「卵巣を摘出する20歳のコホートでは、こうしたことを注意すべきです」とフェランド氏は言いました。(訳註:コホート:共通した因子を持ち、観察対象となる集団)

 実際、過去の卵巣摘出医と同じように、フェランドはこれらの若い患者を治療する上で信頼できる科学的エビデンスを持っていません。2019年に行われた、男性自認の若い女性の健康な卵巣摘出を支持する文献のレビューでは、裏付けとなるエビデンスが「不足している」ことが判明し、これらの女性患者に対する「代謝および心血管リスク」に関する研究が急務であるとされました(257)。

 ヴィクトリア朝の女性から卵巣を摘出しても、心理的葛藤が卵巣に根ざしていなかったため、メンタルヘルスの問題は軽減されませんでした。同様に、今日、健康な乳房や生殖器を切除しても、思春期の少女や弱い立場の女性が直面する課題が解決されるわけではありません。患者の多くは、自分の精神的苦痛が、精神障害、自閉症、トラウマ、または内なる同性愛を受け入れることの困難さに関連していたことを、手遅れになってから気づくのです。

 19世紀の女性が反射理論の物語を内面化し、精神的苦痛の根本的な原因を生殖器官に求め、その結果として卵巣摘出手術を要求したように、21世紀の弱い立場にある女性や少女たちは、女性としての肉体に嫌悪感があるなら、外科的肉体改造でそれを解決する必要があるという、現代のトランスジェンダー活動家の物語を内面化します。百年たってもなお、女性たちは生殖器官が苦悩の原因だとして、さらには乳房も同じ理由で、外科的手術でそれを解決しようとするのです。  
 ショーターの分析では、外科的処置が必要であるという確固とした信念は、心身症の症状ということになります。それまでの漠然とした苦痛の感覚が、きちんとした診断に収束したことへの喜びが見え隠れします。ヴィクトリア朝の女性は、反射理論に影響されて、この文化的視点からさまざまな悲しみや不安の感情を理解しました。彼女らはこれらの症状を不健康な卵巣から来るものだと解釈し、卵巣摘出術を受けることですべての精神的苦痛が軽減されると固く信じたのです。

 現在、多くの10代の少女たちは思春期の悩みを、自分がトランスジェンダーであることのサインとして読み取ります。なぜなら、彼女たちは自分の苦しみを文化的なレンズを通して見ているからであり、その文化的視点は彼女たちの苦しみは間違った体で生まれたことで、性的特性変更処置が唯一の解決策だと教えるからです。いったんこの説に取り込まれると、乳房や生殖器を切除するという考えで頭がいっぱいになります。これらの外科的処置が、自分のすべての感情的な困難を軽減し、健康と幸福をもたらすと固く信じているからです。

 したがって、全く根拠のない信念に基づいて自分の体を変えるような考えを10代の少女や若い女性に奨励するWPATHのメンバーは、健康な卵巣を医学的に切除することを奨励した19世紀の婦人科医や精神科医に似ています。

 卵巣摘出術は、J.マリオン・シムズ、ローソン・テイト、スペンサー・ウェルズなど、当時最も著名な多くの外科医の支持を得ていました。彼らの支持は、健康な臓器の摘出に対する科学的正当性がないにもかかわらず、この手術が信頼に足るというオーラを醸し出しました。 今日、女性の心理的苦痛の解決策としての乳房と生殖器官の外科的切除は、すべての重要なアメリカの医療団体によって支持されています。これらの手順も過去と同様に、科学研究における確固たる基盤を欠いているにも関わらず。  

 卵巣摘出術に反対する医師は「人間性に欠けている」とか「患者に対して怠慢の罪を犯している」などと非難されましたが、実際にはこの手術は疑似科学であり、極めて危険で、全く効果がなかったのです。ジェンダー違和の治療法として健康な体の部分を切除することに反対する医師は、同じように誹謗中傷されます。トランスフォビアやヘイトだと告発され、生計手段を失う恐れさえあるのです。

 精神疾患を治すために健康な卵巣を摘出した外科医は、エビデンスに基づく医学と厳格な科学的基準が発達するずっと前の時代に生きていました。それは医学の西部開拓時代で、麻酔薬の発明により嬉々としてメスを手にした外科医が、医療倫理を無視して、何の憂いも規則もないフロンティアで、自分の外科的技術を存分にふるって実験に興じていた世界です。しかし卵巣切除医が精神病院に専用の外科病棟を開設したとき、禁忌のラインを踏み越えたのです。これがなければ、この手術が社会的に広く非難され、終わりを迎えることはありませんでした。

 しかし、現在のジェンダー外科医は、そんな倫理無用の時代を生きているわけではありません。現在、私たちは医療従事者が厳格なプロトコルを遵守することを期待しています。ランダム化比較試験と綿密な追跡調査が必須です。10代の少女や若い女性の健康な乳房や生殖器を切除することが、安全で倫理的であり、精神的苦痛を和らげるのに効果的であることを証明する研究はありません。

 未検証の信念に基づく医学実験は19世紀でも受け入れられませんでした。そのようなものは、今日では許されざることなのです。

241) Ibid (n.2-4)

242) Longo, L. D. “The Rise and Fall of Battey’s Operation: A Fashion in Surgery.” Bulletin of the History of Medicine 53, no. 2 (1979): 256.

243) Studd, J. “Ovariotomy for Menstrual Madness and Premenstrual Syndrome--19th Century History and Lessons for Current Practice.” [In eng]. Gynecol Endocrinol 22, no. 8 (Aug 2006): 411-5. https://doi.org/10.1080/09513590600881503.

244) Shorter, E. From Paralysis to Fatigue: A History of Psychosomatic Illness in the Modern Era. Simon and Schuster, 2008: 210. https://www.simonandschuster.ca/books/From-Paralysis-to-Fatigue/Edward-Shorter/9780029286678.

245) “Removal of the Ovaries, Etc., in Public Institutions for the Insane.” Journal of the American Medical AssociationXX, no. 9 (1893): 258-58. https://doi.org/10.1001/jama.1893.02420360034006.

246) Ibid (n.243)

247) Ibid (n.243)

248) Barnesby, N. Medical Chaos and Crime. M. Kennerley, 1910. https://catalog.libraries.psu.edu/catalog/39665261.

249) Studd, J. “Ovariotomy for Menstrual Madness and Premenstrual Syndrome--19th Century History and Lessons for Current Practice.” [In eng]. Gynecol Endocrinol 22, no. 8 (Aug 2006): 411-5. https://doi.org/10.1080/09513590600881503.

250) Ibid (n.249)

251) Shorter, E. From Paralysis to Fatigue: A History of Psychosomatic Illness in the Modern Era. Simon and Schuster, 2008: 221. https://www.simonandschuster.ca/books/From-Paralysis-to-Fatigue/Edward-Shorter/9780029286678.

252) MacCormac, W., & Makins, G. H. Transactions of the International Medical Congress, Seventh Session, Held in London, August 2d to 9th, 1881. Vol. 4: JW Kolckmann, 1881. https://babel.hathitrust.org/cgi/pt?id=mdp.39015007091385&seq=315.

253) Goodell, W. “Clinical Notes on the Extirpation of the Ovaries for Insanity.” American Journal of Psychiatry 38, no. 3 (1882). https://sci-hub.ru/10.1176/ajp.38.3.294.

254) Ibid (n.243 p.256) 

255) Ibid (n.243 p.261) 

256) Ibid (n. 243 p. 262)

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